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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ89
書 名:育ちざかり
原 題:6 ON EASY STREET
著 者:ベティ・カヴァナ
訳 者:田中西二郎
初 版:S34.10.26
備 考:翻訳権所有
   『 育 ち ざ か り 』に つ い て
 夏休みになったものの、デボラはすっかり憂うつになってしまった。この夏こそ、やっと親しくなれたボーイフレンドのクレーグと大いに楽しもうと思っていたのに、一家をあげて島に行き、伯母のの遺産の古い家でしろうとホテルを経営するということになってしまったのだ。
 兄のピーターは、コーネル大学のホテル・マネージメント科にいるので、デボラは、これはきっとピーターの計画に違いないと思って、すっかり兄をうらんだ。島にきて、もっとがっかりしたことには、その家はホテルどころではない荒れようで、デボラは早速掃除ばかりやらされてしまった。彼女は友達が気ままにしているのを見ると、うらやましくてたまらなかった。あたしにもっとお金があったら、こんな所でぐずぐずしないで、クレーグの処にとんで行くのにとなげいた。しかし、友達は、友達で、家族総出で働くデボラの家をうらやましく思っていたのだが………
 ある日、クレーグから待ちに待った手紙が来た。デボラは自分の室に飛び込んで、そっと開けてみた。ところが、それは、ただの暑中見舞のうえ、他の女の子のことばかり書いてあった。デボラは気にかかってならなかった。
 改装されたホテルに、ぼつぼつお客が泊りにきた。サービス係を引きうけたデボラは、チップをためて、クレーグの処へ行こうと計画したが、しろうとホテルの悲しさ、チップをはずんでくれる人は一人もいなかった。
 島にいる若い者ばかりで、ピクニック・パーティをすることになった時、デボラは思いがけない人からデイトのさそいをうけたのだが……
    主 要 人 物
デボラ(デビー)・サンフォードこの小説の主人公で16才の女子高校生。サンフォード家では夏休みに一家をあげてナンタケット島にあるおばの遺産の古い家でしろうとホテルを経営することになった。だが、デボラはとても憂うつだった。彼女はこの夏休みこそボーイフレンドと大いに楽しもうと思っていたからだ。
ジョナザン ――― デボラの父。クェーカー派のヘヴァフォード大学で国際関係を教えている教授。
マーガレット ―― デボラの母。
ピーター ―――― サンフォード家の長男。コーネル大学でホテル経営学を専攻している。夏休みのナンタケット島行きはピーターが計画した。
ペギー(ペッグ) ― デボラの姉でピーターとは双生児。彼女はこの夏休みを利用してヨーロッパ旅行をしていた。
ディック ―――― デボラの弟で14才。
ティーナ ―――― デボラの妹で10才。
ジョニー ―――― デボラの弟で6才。
キャロル・コーウィン ― デボラの親友の女子高校生。キャロルの両親は離婚していて、彼女は冬は母と、夏は父と暮らしている。この夏休みは父とナンタケット島に避暑にきていた。
クレーグ・ヴェール ― デボラのボーイフレンド。クレーグはデボラの上級生で、女生徒たちから一番人気があった。
ポール・マシー ――― ナンタケット島の食料品店につとめている純朴な青年。
   『育ちざかり』の作者と訳者 友の会サロン記事より
★ベティ・カヴァナさんは別にエリザベス・ヘッドレイという筆名でもたくさんの小説を発表しています。ベティ・カヴァナの名前での代表作は『ジュリーは十六才』『ロマンス留学』『ガールフレンド』『育ちざかり』です。ヘッドレイの名前では『土曜日のデイト』『ディアーヌの初恋』『トプシィ、アンコールよ』等が代表作です。女史の作品はいずれも、ティーンエイジャーに対する深い理解と愛情があらわれています。そして少年少女につくした功績がみとめられ「ファイ・ペイタ・カバ」(優等生で組織するアメリカ学生友愛会)の名誉会員にえらばれました。
★『育ちざかり』の訳者の田中西二郎先生は、一橋大学出身の英文学者。先生の訳『白鯨』『嵐ガ丘』(新潮社の世界文学全集)は名訳としての評が高く、その他たくさんの訳書がありますが、秋元書房では『秘密の階段』『ブライト島の乙女』『ガールフレンド』の訳者として皆さまとはおなじみです。

   巻 末 解 説 よ り
 このお話の原作の題名は『イージー・ストリート六番地』という、ちょっと変った題名です。これはアメリカの北大西洋岸にあるナンタケット島の港町にある、ある古い家の番地なのです。この家にはミス・デボラ・チェースという老嬢が、長いあいだ一人で住んで、夏になると、この島を訪れる避暑客のための素人旅館をやっていました。ミス・チェースが亡くなって、この家は彼女の甥の、ペンシルヴァニア州ヘヴァフォードで大学教授をしているサンフォード氏の所有になりました。サンフォード一家は6人も子供があって、暮らしもあまり楽ではありません。それで夏休みを利用し、一家そろってこの家に来て、家族がそれぞれの役ではたらいて、素人旅館をすることにしました。つまり家族ぐるみの団体アルバイトですね。お金もうけをしながら、避暑生活の楽しみも、たっぷり味わえるという、なかなかの名案です。それには長男のピーター君という大学1年生が、ホテル経営学を専攻しているのも、たいへん役立つことでした。
 困ったことに、この愉快で家族的な計画に賛成できない家族が一人ありました。16才の高校生のデボラです。ボーイフレンドのクレーグと、一生の思い出にもなろうという大切な一夏の期待が、この計画のためにだめになりそうなことになったからです。はじめて自分の意志で、自分の幸福を求めようとする少女の個性のめざめが、大きな障害にぶつかって、はじめて大きな悩みをもつことになったのです。いいえ、この悩みによって、デボラは個性のめざめを経験したといったほうが正しいでしょう。障害があったからこそ、自分の求める幸福の価値がわかったのです。デボラは家が貧しいことや、兄弟の多いことをうらめしく思いますが、この気持ちは正しいでしょうか? 彼女の親友のキャロルは、彼女とは反対に、富豪の家に生れたひとり娘で、物質的には不自由のない環境に育ちましたが、兄弟がないのみか、両親までが性格の相違で離婚している、さびしい身の上です。ほがらかで開放的なデボラの家庭をキャロルがうらやむのも自然ではありませんか。
 デボラとキャロルの青春のもつそれぞれの悩みを縦糸に、大学教授一家の素人旅館というホーム・ドラマふうのさまざまな面白い挿話を横糸に、この物語は織られています。そして何よりも、ティーン・エイジャーの生活を、じみな家庭生活のなかで描いている点に、この物語の特色があります。
 背景にえらばれたナンタケット島の風物や、歴史的なふんいきも、この物語に格別な味をつけています。この島は19世紀のアメリカで非常にさかんだった捕鯨業の中心漁港でした。知っている読者も多いと思いますが、電灯が普及するまで、欧米では鯨油から作った蝋燭を、燈火に使っていました。約100年の間、この島を中心に、勇敢なニューイングランドの漁夫たちは捕鯨船に乗り組んで、南太平洋をはじめ、世界の荒海で、地球上最大、最強の動物であるマッコウ鯨やセミ鯨を追いかけつづけたのです。本文のなかにも出て来る有名なハーマン・メルヴィルの小説『白鯨(モービィ・ディック)』は、この捕鯨船の冒険、大洋の神秘と恐怖とを描いた、アメリカ古典文学の傑作です。偶然にも『白鯨』の訳者であるわたくしには、その意味でもこの本はたいへん興味がありました。(『白鯨』の拙訳は新潮文庫版で出ています)『白鯨』のピークオド号も、このナンタケットの港から、二度と帰らぬ船路に旅立ったのです。
 そればかりではありません、むろんこれは小説ですが、デボラが、名づけの親の大伯母さんデボラ・チェースから遺産としてゆずられた捕鯨船長の机、その中から、出て来たエセックス号遭難記≠フ古いパンフレットなどは、捕鯨とメルヴィル文学とに関連して、ごく縁の深い品物なのです。なぜなら、巨大なマッコウ鯨に沈められたエセックス号の悲劇は、メルヴィルが南太平洋で白鯨≠ノ沈められる捕鯨船の悲劇を描くヒントになった実際の出来事で、あのパンフレットについても、『白鯨』のなかにくわしく紹介されています。しかもパンフレットの著者の著者の名はオーウェン・チェース≠ネのです。ですからデボラの大伯母さんは、遭難したエセックス号の生き残り一等運転士チェースとごく近い血のつながりがあり、したがって、あの机も、後に船長になったオーウェン・チェースのかたみの品だったことが暗示されているわけです。イージー・ストリート六番地≠フ古い家が、ナンタケットの町の人たちから、特別な尊敬の目でみられているわけも、これでおわかりになったことと思います。
田 中 西 二 郎