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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ68



2006年8月14日 NHK-BS2にて放映
書 名:緑 の 館
原 題:Green Mansions A Romance of the Tropical Forest
著 者:ウィリアム・ヘンリー・ハドソン
訳 者:永井比奈子
初 版:S34.03.10  再版:S40.09.30
備 考:表紙画像は再版のもの
     MGM映画「緑の館」(1959年・アメリカ)の原作
     主演:オードリー・ヘプバーン
         アンソニー・パーキンス
     監督:メル・フェラー
   『緑 の 館』に つ い て
 夢想家で冒険好きな青年アベルは南米ギアナの奥地で、美しい緑の森があるのを見つけて分け入った。それはふしぎに明るい森で、いままで見たこともないほど豊かな植物が繁茂し、人を恐れない鳥や猿が嬉々として遊んでいた。付近に住む土人たちに話すと、「あの森には魔の娘が住んでいる。二度と行くな」と言って恐れた。
 アベルは好奇心にかられて毎日その森へ探検に出かけ、ある日しげみの中から鳥の鳴き声のような美しい旋律をきいた。遠く近く、その声は彼につきまとうように行く先々できこえた。するとある日、すぐ近くでホホホと澄んだ笑い声がきこえた。そしてついに、彼は谷川に近い木の下で、妖精のような美しい少女の姿を見た………
 この『緑の館』は南米オリノコ河上流の熱帯原始林を舞台にした、白人青年と森林に住む野生的な少女との不思議な恋物語です。
    主 要 人 物
アベル ―― 自然と詩歌を愛する冒険好きの近代的な青年。23才のとき祖国ベネズエラの革命に参加して官憲に追われ、オリノコ河奥地の熱帯原始林に難をさけ、そこで森の妖精のような野生の少女リーマを知り、恋のとりこになる。
リーマ ―― 大自然の中に生れ、鳥やけものを友として育った、美しい野生的な少女。森の中の小屋で老人と二人だけで暮らし、土人たちから魔の娘と恐れられている。
ヌーロフ ― 少女リーマを孫娘とよぶ老人。ぬけめなく、ずるがしこいが、世俗的な信仰をもち、どこか憎めないところがある。神秘につつまれたリーマの出生の秘密を知る唯一の人間。
ルーニ ―― ギアナの熱帯林に住む土人の酋長。
クラクラ ― ルーニの母親。陽気で音楽好きな老婆。
ピアケー ― ルーニのおいにあたる土人。
クアコ ―― その弟。独身の青年。
オアラバ ― 土人の娘。ピアケーたちの妹。
マラガ ―― 土人の酋長。ルーニ一族と宿命的な反目をつづけている。
   巻 末 訳 者 解 説 よ り
 『緑の館』Green Mansions は、自然文学者、博物学者とくに鳥の研究家として有名な南米生れのイギリスの作家、ウイリアム・ヘンリ・ハドソン(1841〜1922)の1904年の作品で、副題を「熱帯林のロマンス」とつけてあるように、南米ベネズエラの奥地、オリノコ河上流とアマゾン河北東部源流にかこまれたギアナの熱帯原始林を舞台に、その一角にある緑の森を館として住む妖精のような少女リーマと、冒険を求めて踏み込んだ青年アベルとのロマンスをえがいた小説です。主人公アベルが、生涯忘れようとて忘れることのできない若き日の悲しい恋の思い出として語る、この神秘と幻想と冒険にみちた物語は、作者ハドソンの文名を高めた名作であり、当時はもちろんのこと今なお世界中で愛読されており、わが国でも古くから知られている小説です。
     《 中  略 》
 『緑の館』は、ヒロインの性格、主題、筋立て、シチュエーション等きわめて幻想的な小説ですが、よく読むといろいろと考えさせられる問題をふくんでいる、すぐれた文学作品だと思います。野性と知性という現代文明人に失われた、相反する性質を兼ねそなえた不可思議な少女リーマは、いわば作者ハドソンの理想的な人間像といってもいいでしょう。作者は深い愛情と憧憬をこめてこのヒロインをえがきだしています。リーマは大自然の中で生れて、鳥やけものを友として育ちました。森の生きものはすべてリーマの親友です。彼女はクモの糸で自分の衣装を織り、野イチゴや木の実を摘んで食べますが、けっして肉を食べません。だから森の生きものを殺傷する土人たちを彼女はきらい、憎むのです。リーマに隠れて肉を食べるヌーロフじいさんもきらいきらいなのです。この少女の自然界へそそぐやさしい愛情は、そのまま作者ハドソンのものといえます。ハドソンは、鳥のハドソンと異名をとったほど、自然界のもの、自然界の生きものに対して学問的な興味と人間的な愛情をよせた人ですが、彼は博物学者としてすぐれていたのみならず、人間としてまれにみるやさしい心の持ち主で、鳥も虫も野獣も、毒蛇でさえも自分の友達のようにいつくしみました。彼は自然科学者でありながら、生きものを殺すことはもちろんのこと、動物の剥製、標本、アルコール漬けなどをひどくきらい、鳥の羽根で身を飾る女性を心から憎んだということです。森の少女リーマは、このハドソンの深い愛情の化身といえましょう。リーマが作者の理想を形象化した人間像であるのと対照的に、ヌーロフ老人はきわめて世俗的な人間性格を現わしていると思います。彼は万事にぬけめなくずるがしこい人間で、口先ではりっぱなキリスト信者のようなことを言いますが、彼の行動は信仰とうらはらで、しかも自分の偽善に気がつきません。作者はこのヌーロフじいさんという人物を通して、まことの信仰を失ったキリスト教徒の堕落した生活態度や、迷信化したカトリックの教義にきびしい批判と風刺の矢を向けています。ヌーロフはたしかに軽蔑すべき人間ですが、どこか憎めないところがあります。その偽善ぶりとぬけめのなさにはあきれますが、そこにはだれにでもある人間の弱さ、醜さが見出せると思います。『緑の館』は信仰と文学と博物学の美しい交錯であり、見事な結晶だといえるでしょう。
 作者ハドソンは南米アルゼンチンのパンパズ(南米アマゾン河以南の大草原)にあるキルメス村に生れました。現在ブエノス・アイレス市の一部になっていますが、彼は少年時代をその大草原ですごし、やさしい母から自然への愛情を教えられました。15、6才までのことは彼の自叙伝『はるかな国、遠いむかし』の中でくわしく語られていますが、33才であこがれのイギリスへ渡るまでの青年期のことはあまりくわしくわかっていません。彼は渡英後いろいろの生活苦をなめましたが、1904年発表した『緑の館』でいちやく作家としての声価を高め、自然文学者、博物学者とくに鳥のハドソンといわれるほどすぐれた鳥類学者、たぐいまれな文人として世の尊敬をあつめ、1922年、81才の長寿をまっとうしてロンドンでなくなりました。『昆虫記』で知られるフランスのアンリ・ファーブルに比較されるこの鳥のハドソンを記念するため、ロンドンのハイド・パークに建てられているハドソン記念碑には、『緑の館』のリーマを刻んであるということです。
 ハドソンの作品には『緑の館』のほかにいろいろありますが、代表的作品は『美わしきかな草原』(旅行記)、『水晶時代』(一種のユートピア物語)、『エル・オンブ』(短篇集)、『ラ・プラタの博物学者』(エッセイ)、『夢を追う少年』(自伝小説)、『はるかな国、遠いむかし』(少年期の回想)などがあります。
訳   者


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