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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ62
書 名:オーケストラの少女
原 題:ONE HUNDRED MEN AND A GIRL
著 者:ハンス・クラーリイ
訳 者:若城希伊子
初 版:S33.12.20 再版:S37.06.20
S34.01.10「テアトル東京」にてロードショーのため特別発売となった。
備 考:映画「オーケストラの少女」(1937年・アメリカ)の原作
     主演:ディアナ・ダービン/レオポルド・ストコフスキイ
     監督:ヘンリイ・コスター
 ここはニューヨークの片隅のアパート。パトリシアは女子高校二年生。失業している音楽家のお父さんと二人きりで生活しています。お父さんの失業は長く、貧乏からどうしても抜けられませんが、二人だけの毎日は愛に満ちたものです。ある日、お父さんの拾った財布がきっかけとなって、思いもかけぬ運と事件にまきこまれます。
    主 要 人 物
パトリシア(パッティ) ―― この小説の主人公で、今年16才。父と二人で、ブルックリンのアパートに住んでいる。歌が上手で、明るくて、行動的な少女。
ジョン・カードウェル ―― パッティのパパ。若い時は、天才音楽家といわれたトロンボーン奏者だが、いまは失業中で、失意のどん底にいる。
マ イ ケ ル ―― パッティに淡い思いをよせている青年音楽家。フルートの奏者で、パッティの隣の室に住んでいて、やはり失業中。
フロスト夫人 ――― 財界の大立者で、新設テレビ会社の社長、マック・フロストの夫人。何不自由ない生活をおくっているが、若い時の初恋の人が忘れられない。
ル シ ル ―――― フロスト夫人の姪。
ロバート・アスター ― ルシルの婚約者で、ハンサムな青年紳士。パッティにはじめて会った時から好意を感じ、陰から彼女の幸福を願っている。
ス ト コ フ ス キ イ ― 現代第一流の音楽家で、フィラデルフィア交響楽団のコンダクター。
サ リ ー ――――― 流しタクシーの運転手で、パッティの大ファン。
ストコフスキイ氏はパトリシアとかたい握手をかわした。会場からは万雷の拍手が湧きおこった。一人の少女の夢がとうとう実現したのだ。
   巻 末 訳 者 解 説 よ り
 こういうおはなしが、現在のアメリカのニューヨークの街で、実際にあったか、どうか、それはわかりません。また、こういうおはなしが、現在の世界のどこかの街で実際にあるかどうか、それもわかりません。でも、こういうおはなしは実際には絶対になさそうでいて、あるものだということを皆さんに信じていただきたいのです。
 これは20世紀に生きる現代のお伽ばなしなのです。オーケストラの少女<pトリシアは、シンデレラや竹取物語の姫と同じようにお伽ばなしの中にでてくる一人の眠れる女主人公にすぎません。皆さんがこの本をおよみになり、それきりで忘れておしまいになれば、ずっとそのまま、いつまでも眠ったように死んでいるお人形と同じなのです。でももし皆さんが、この本をおよみになり、おはなしの中のパトリシアを信じてくだされば、いつでもオーケストラの少女は、あなたの胸の中に生きかえるのです。お伽ばなしの主人公とはそういうものです。
〈・・・中  略・・・〉
 ちょうど都合のよい時に、人々がのぞむようなチャンスが、この子の上に訪れる。そんな虫のよい偶然が、この世の中にあってたまるものかと皆さんはお思いになるかもわかりません。そして、それだからこそ、このおはなしが、ただ普通の物語りではない現代のお伽ばなしだというゆえんなのですが、オーケストラの少女、パトリシアに訪れるこの幸運のチャンスが、どういう時にきまっとくるかということを、よく考えていただきたいのです。
 彼女は決して自分の力に失望してことを投げ出そうとしたことがありません。元気で、いつも自分の最後の力を信じているのです。困難にたち向かう彼女の根本的な力になっているもの、それはたゆまざる努力と何ものも恐れない勇気です。
 かわいらしくて稀にみる美しい声の持ち主だということ以外、彼女が別にとりたてて他の女の子よりすぐれているというわけではないのです。で、パトリシアは100人のオーケストラを編成し、いままで才能ある立派な大人の音楽家たちが、100人、1000人集まってもできなかったことを実現するのです。
 世界的な芸術家であるストコフスキー氏の魂をゆり動かすことが、どうして、こんな小さな平凡な女の子にできたのか、そこをよく考えていただきたいのです。名門の貴公子ロバート・アスターに、やみ難い思慕の情をおこさせる原動力が、彼女のどこにあるのか……。
 これは決して、皆さんのお好きなラヴ・ロマンスではありません。どっちかといえば一種の風変わりな英雄物語かもしれないです。かわいらしくて小さな美しい女の子の英雄。庶民の中で育った小さい一つぶの英雄。
 彼女の勇気と努力は決して自分のためにつくされたのではなく、いつも身のまわりの愛する人たち、父のカードウェルや隣人のマイケルを始めとする多くの失業音楽家たちのために彼女がたち上がるのだということ。
 そして、見逃してならないのは、ことにふれて、彼女がみせる正しい怒りの強さです。貧乏であること、不遇であること、それは多く人間の力ではどうにもならない運命であって、決してその人の罪ではありません。それを笑う恵まれた人々に対して、彼女の怒りは爆発するのです。間違いに対して何ものをも恐れずに怒りを発することができるということ、これは大切なことではないでしようか。
 同じ力と才をもってこの世にうまれながら、貧乏人とお金持ちができ、高い地位につける人とそうでない人がある。そんな世の中の不公平をパトリシアは我慢できないのですが、あたかもそんな彼女の心にこたえるように、天は自然の恵みを偶然のチャンスとして彼女に与えるのかもしれません。
 いつも、どんな時にも失われぬ彼女の明るさと健康な信念。それは長い間かかって、人間がこの世に培ってきた深い人間の叡智につながるものではないでしょうか。
〈・・・中  略・・・〉
 終わりにあたって、ともかく、この現代のお伽ばなしの主人公パトリシアが、皆さんの胸の中でいつでもよべば答えるように、生きていることを祈ります。それは、皆さん自身が、いつでも庶民の愛される英雄になれるということと同じなのですから……。
若 城 希 伊 子


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