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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ61
書 名:早  春
原 題:Auf Barbel kommt es an
著 者:コンラート・ベステ
訳 者:石丸静雄
初 版:S33.12.15
備 考:翻訳権所有
   『 早  春 』に つ い て
『早春』は、現代ドイツのぴちぴちした聡明な高校生の少女、ベールベルの物語です。芽ばえ期の少女の喜びと悲しみをえがき、清潔な感傷が全篇ににじみ出た、いかにもドイツらしい初恋物語です。主人公ベールベルは、やがて15才の堅信礼の日(注1)を迎えようというギムナジウム(注2)の女生徒、日本で云えば高校2年生です。ボーイフレンドが切実に欲しくなるような年頃です。彼女には、ドライで生意気な少年ピンネマンがうるさくつきまといますが、彼女の清潔な心はそんなタイプのボーイフレンドを受け付けようとはしません。そして、ある日近郊の町で出会ったスマートなイギリスの青年に彼女の思春期の憧れと夢が現実のものとなって燃え上がったことから、北国ドイツの春の愁いともいうような悲しみが、少女ベールベルの胸をかきむしります。
注1:堅信礼の日…幼児洗礼を受けた者が分別がつく年齢になりその信仰を告白
    して教会員となる儀式の日。4月の復活祭の一週間後、白い日曜日。
注2:ギムナジウム…中学校と高校を合わせたような学校。12歳から18歳までの
    子どもが学んでいる。
    主 要 人 物
ベールベル(バールバラ・ウーデ) ―― 15才のおさげの少女。戦争で母と弟を失ったが、健康な明るい性格で、町の高校に通っている。英語が得意。
ウ ー デ 氏 ――― ベールベルのやさしい父。2年前に亡妻の姪のエールスベットと結婚。
ママのエールスベット ―― いまは、ベールベルのやさしい継母になっている。6週間前にふた子ができた。
イ レ ー ネ ――― ベールベルの6才上の姉。ハノーヴァ市の商館に勤めている。
トミー・リヒャルト ―― ハンサムな英国の青年で、貿易商の一人息子。イレーネの愛人。
注:ここで言う「愛人」は今日の「不倫相手」という意味ではなく「恋人」より強い「結婚相手」の意味です。以降の文中も同じ
エルネスティーネとカロリーネスイスに在住する美人の伯母。ふた子である。
ミミー叔母さん ――― 祖父の妹にあたり、いまは亡夫の恩給でほそぼそと暮らしている。根は善人だが、お天気やさん。
コ ル ネ リ ア ――― ベールベルのいとこで、女優志願の明るいタイプの娘。20才。
ゾ  フ  ィ  ー ――― ベールベルと同い年の女中。
ヨッヒェン・ピンネマン ― なまいき盛りの17才の高校生。いつもベールベルにつきまとっている。
テア・マリーニ ―――― ベールベルの一番仲良しの学友。
    巻 末 訳 者 解 説 よ り
 作者のコンラート・ベステ(Konrad Beste)は、もちろんドイツの現代作家ですが、わが国では、まだ一般に知られていませんし、今までのところ翻訳の紹介もおこなわれていないようです。おそらく、こんど秋元書房から出されることになったこの小説が、はじめてではないかと思います。
 それで、作者のコンラート・ベステ氏がどんな作家であるか、まずそのあらましを述べてから、この小説『早春』(原題「ベールベルが問題だ」Auf Barbel kommt es an)のほうへ移ることにいたしましょう
 コンラート・ベステは、1890年4月15日、北ドイツのブラウンシュヴァイク地方にあるヴェンデブルグというところに、牧師さんの息子としてうまれ、シュタットオルデンドルフという都市で大きくなりました。そして、ハイデルベルクとミュンヒェンの各大学に学び、第一次世界大戦にも参加しました。除隊後は、8年のあいだベルリンに住んでいましたが、それからまた郷里に帰りました。
 小説は1923年ごろから発表しておりますが、1933年に書いた『異教の村』(Das heidnische Dorf)という長篇小説は、そのあくる年の34年に、ハンブルク市の有名な「レッシング賞」を受けました。これでコンラート・ベステは、作家としてゆるがぬ地位を築いたようです。この小説は、舞台を南ドイツの荒地の村にとり、そこの豪農のフェルディナントという青年を主人公にして、悪に染まりきった一人の人間が、女性の深い愛によって更正するまでの過程を描いた、感動的な作品であります。
 ベステは、19世紀ドイツの写実主義の大家として知られるウィルヘルム・ラーベ私淑して小説を書きはじめた人だけあって、その作品は、現代の都市や農村の家庭生活や風俗人情をいきいきと描いて、ユーモアと諷刺に富んでおります。
 ついで、1934年に発表された長篇三部作の第一部『田舎医師レーネフィンク夫人の愉快な生活』は、その代表的な作品といえるでしょう。この発行部数は、1949年、23万7千部に達しています。第二部は、『田舎医師レーネフィンク夫人の三人のおばかさん』と題して1937年に、第三部は、『レーネフィンク夫婦はまだ生きている』と題して1950年に、それぞれ発表されました。
 ベステはまだほかにも、明るいユーモアと諷刺を特色とする長、短篇の小説をいくつも書いております。たとえば長篇『小人の国』(1939年)や短篇集『カウプのラッパ手』(1941年)、長篇『ブーゼ氏の風変りな求婚の旅』(1943年)などがそれですが、最近では、ラジオや映画にも関係して、喜劇的なドラマや脚本をつぎつぎと書いているようです。
 この訳本の原作である『ベールベルが問題だ』は、そのようなベステの最近の作品で、これはその全訳ですが、訳者として必要な注は文中に追い込んで、割注で示しました。
 ヒロインのベールベルは、やはり秋元書房から出されているクリアリイの『十五才の頃』のジェーンとおなじように、高校2年生で、ボーイフレンドが切実にほしくなるような年ごろの少女なのです。そして、この少女も、美しい空想や夢に生き、感受性がゆたかで、しかも明るく人情にあつい、いかにも現代ドイツの、ぴちぴちした聡明な少女らしいタイプを示しています。
 ベステはこのベールベルの内面にまで立ち入って、芽ばえ期少女の喜びや悲しみを語り、清潔な感傷を全篇ににじませていますが、この感傷は決して甘くも安っぽくもなく、いわば、やるせないような若いいのちの真実を伝えていると思います。リアリズムに徹したベステの長い作家生活が、ここでも、ものを言っていると思います。
 ベールベルは、いわゆるドライで、なまいきなボーイフレンドのヨッヒェン・ピンネマンのような男性を好みません。彼女の少女らしい清潔な心が、そのようなタイプの男性を受けつけないのです。そして、その対象が、たまたま姉のイレーネの愛人になったことから、春の愁いともみられる悲しみがうまれてくるわけですけれど、それも、彼女をとりまく人たちのあたたかい愛情によって守られるのです。
 ベールベルの父も、継母のエールスベットも、今次大戦の惨禍の経験をもつ人たちです。大戦に肉親や家わ失った人たちです。そうでありながら、生活の乏しさに屈せず、あたたかい人間味を失わず、ひたすら再建にいそしむ姿は、そのまま、戦後のドイツ仁の一つのりっぱな縮図ともいえましょう。訳者はこの人たちに、よその国の人とは思えない親しみさえおぼえました。それは、やはりわが国がドイツとおなじような事情におかれたからなんでしょうか
 ベステは、芽ばえ期の少女とともに、そのような戦後ドイツの家庭生活のあたたかい人間的な面を、この小説で、美しく手がたく描いています。全体にユーモアと明るさがゆきわたっていますが、また暗い一面だって、ベステは、ちょっぴりのぞかせることを忘れていません。それは、女中のゾフィーの飲んだくれの父親の生活です。みじかい描写ですけれど、たしかに人生の真実をとらえていると思います。
 それから、ベールベルの学友のマルレーネやテアやモリイ・オストロウスキイなどといった少女たちも、今のドイツのティーンエイジャーの高校生たちです。この少女たちの「転入者クラブ」の結成は、アメリカのソロリティにいくらか似たところがないでしょうか。とにかく、みんな健康で感傷におぼれず、ウィットとユーモア ── つまり、開放的な明るい笑いによって現実の悲しみを乗り越えることで、この「危険」な時代に立ち向かっていることは、読者も感じてくださるでしょう。
 それからもう一人、ベールベルのいとこのコルネリアが出てきます。この20才の娘は女優志願をするだけに、なにごとにも活発で、はきはきしていて、生まれながらに演技力をそなえていて、口八丁手八丁というところです。この女性が終始脇役をつとめて、しめっぽくなりそうな場面を、ほっと明るむようなユーモアで救い、この作品に一段の光彩を添えています。
 ベステは、このようなさまざまの人物の背景として、低地ドイツの北海にそそぐ美しいウェーゼル河地方の都市と、そのまわりの山や野を選んでいますが、この風景描写もなかなか捨てがたい味をもっており、とくに、ベールベルの父が亡妻をしのぶ場面などは、ロマンチックな落日の光りと、遠い夢を誘うような河の狭霧の世界のなかに、せつないまでに美しく生かされています。それも簡潔な描写だけに、あとの印象が深いのです。
 訳者は、この小説を読んで、以上のような感動に打たれました。それをそのままここに書いたわけですけれど、どうか、このドイツのベールベルや、これをとりまく人たちが、わが国の読者のみなさまにも理解され、親しまれんことを心から祈ってやみません。
 なお、表紙裏のカラー写真は、郁文堂出版社が、とくにこの本のために提供してくださったものです。同社の大井社長のご厚意に、あつくお礼申します。

   昭和三十三年秋
訳   者


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