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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ59
書 名:夢みるころ
原 題:TRISH
著 者:マーガレット・メイズ・クレイグ
訳 者:飯島淳秀
初 版:S33.11.30 再版:S36.06.10
備 考:翻訳権所有
   『 夢 み る こ ろ 』に つ い て
 「はじめてきみに会ったとき、ぼくがきみに対して感じた気持ちは、それまでのぼくが一度も感じたことのないものだった。あの夜、ぼくが言ったことは、決して気まぐれや冗談ではないのだよ。きみはいまディックを恋していると思っているね。きみはその初恋のすべてを、とことんまで味わっておきたまえ。けれど忘れてはいけないことは、それも、しょせん最初の恋にしかすぎないということだ。きみもいつか最後の恋に達するときがくる、そのときをぼくは待っていよう。」パットはくり返し何度も読み直した。大学生のジェフからのその手紙は誠意がこもっているように思えた。しかし、今の彼女には、同級生のボーイフレンド、ディック以外には誰のことも考えたことはなかった。
 パットは、居間でものうげに雑誌のページをぱらぱらとめくっていた。眼をつぶつて、開けたページが79ページなら、ディックはまだあたしが好きなのだ。彼女はこの頃しょっちゅう、そんな占いをしていた。……もし雪が降ったら……もし朝食にケーキがでたら……もしそれが……彼女は落ち着かなく窓のそばへ行った。人差し指で、水滴のたまったガラスに、の文字を書いて、大急ぎでそれを手のひらで消した……。
 この小説は一人の少女の初恋がテーマになっています。17才で高校3年生のパットは、同級生のディックに対して「愛する」ということばを使うには、どこか心の奥で押しとどめられるものがあったのです。パットは喜びとともに苦しみも感じていました。
    主 要 人 物
パトリッシア・イングラムパット、あるいはトリッシとも呼ばれる少女。この小説の主人公。モリスヴィール高校の3年生。
バ ッ ド ―― パットの弟。13才。
ディック・キーティング ―― パットと同じ高校3年生の男の子。ハンサムな蹴球選手。
メリー・ジョー ―――― パットと同級生で親友。
コニー・ハイド ―――― 同じ高校生で、金持ちでごうまんなところのある少女。ディックのガールフレンド。
ボブ・ライス ――――― ディックの子分みたいな高校生。
ビル・スチュワート ―― パットの近所に住む高校生で、彼女の幼友達。大きな耳をしてのっぽだが、さっぱりして気立てのいい若者。
ペギー・トムスン ――― ボブのガールフレンド。
ジェフ・ライダー ――― 大学生で、アン・キーティングの友達。
アン・キーティング ―― ディックの姉。
バック・カーティス ―― 高校生でアリスのボーイフレンド。
アリス・ヒューズ ――― 同じく高校生でバックのガールフレンド。
マークス先生 ―――― 高校の先生で、「あばたばあさん」のあだ名があるオールドミス。
    巻 末 の 訳 者 解 説 よ り
 この小説の原題は『トリッシ』(Trish)つまり主人公の少女パトリッシアの愛称がそのまま作品の題名になっています。発表は1951年。この作品のほかに『ジュリー』という長篇もあります。
『トリッシ』はなにか悲しみをふくんだ作品です。それは少女の時代から、やがておとなの時代へ移りかわろうとする、その両方がちょうど入りまじっているところ、たとえていえば、夜と昼が入れかわろうとする、あのなにか神秘的な光線のたゆとう暁闇のとき、あるいは昼と夜とが入れかわろうとする、なにか昏迷をもよおすような、解き難い謎めいた複雑なひととき、ちょうどそれにも似た娘心がもつ複雑な悲しさが、霧のように全篇を微妙に流れています。ときには霧は晴れて明るく、ときにはしっとりと少女をつつみ、またときには、どこへ向かっているのか、どっちへ進んでいいのかもわからないほど霧に閉ざされてしまいます。楽しく明るく、また寂しく悲しく、少女の日々は過ぎ去ってゆきます。
 私はこの作品を読んだとき、すぐにある詩を思い出しました。「まだあげ初めし前髪の」という句で始まる「初恋」という藤村のあの詩です。むろん、あなたも御存知でしょう。この詩は若者の側からうたいあげたものですが。
 クレイグさんのこの小説は、藤村の詩とは逆の立場になりますが、やはり一人の少女の初恋がテーマになっているといえましょう。あるいは初恋というには少し躊躇も感じられます。なぜなら、パット自身がディックに対して「愛する」(Love)ということばを使うには、どこか心の奥で押しとどめられるものを感じていたからです。しかしそれでも、パットの経験 ──よろこびと、迷いと、苦しみ── は強いものでした。大学生のジェフが言ったように、パットの人生においてはやはり「最初の恋」であるにちがいありません。このつまずきによって、パットは男性を知ることに一つの成長を加え、同時に自己を知ることにも一つの成長を加えたでしょう。そしてこの経験によって、愛の認識をやがて年齢とともにつかんでいくのです。そして、好きだという段階から、自分が本当に愛し得るひとを見出すのでしょう。作者クレイグさんは、このような少女の心の陰影、ひだを見事につかみ、あたたかな心づかいをもってあざやかに描きだしています。ですから、これは人間の真実の心をつかみとっているという点で、ティーン・エイジャーの甘ったるいような物語という域をこえて、人の心を打つりっぱな作品といえましょう。アメリカには珍らしく、悲しい、いわば悲恋めいた結末になっている点が、私たちの心にいつまでも余韻をのこしてひびいてきます。
訳   者


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