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表 紙 説 明
秋元書房ジュニアシリーズ30
書 名:霧の晴れまに
原 題:Madeleine Grown Up
著 者:マドレーヌ・ガル=ヘンリイ
訳 者:谷長 茂
初 版:S32.09.30
備 考:本邦初訳・翻訳権所有
─ 若い娘マドレーヌの手記 ─
 この小説はマドレーヌという主人公を通じて幸福のあり方をしみじみと描いています。
もし私が、いや貴女だって、女優になれるチャンスがあったなら決して逃しはしないでしょう。だが、ハリウッドからしつっこく誘いかけられたマドレーヌは、しかし、遂に女優にはなりませんでした。マドレーヌはそれよりもロバートの力強い愛が慾しかったのです。しかし、ロバートは貧乏な新聞記者にすぎません。
 霧雨のそぼ降る日、二人は肉親たちからも冷たい表情で見られながら結婚しました。
    主 要 人 物
マドレーヌ ―― 著者自身。サヴォイ・ホテルのマニキュアとなり、ロシヤの亡命将軍や、オーストリアの貴族などに愛され、またハリウッドのプロデューサーのおめがねにかなって一時はハリウッド行を決心するが、青年ロバートとのひたむきな恋の方に生きる。愛称モーディ。
ウォーカー ―― サヴォイ・ホテルの先任マニキュアで、マドレーヌの親友。スコットランド生まれのオールドミス。愛称スコッチィ。
ドリイ、アリス ― 共にマニキュアの同僚。
アドルフ ――― サヴォイ・ホテルの理容部支配人で、一種の厭世家。ベルギー人。
ジョージ、デイヴィ ― 共にサヴォイ・ホテルのボーイ。
ボ ン ゾ ――― サヴォイ・ホテルの守衛。マニキュアたちの味方となってくれる老人。
チェルメフ将軍 ―― 帝政ロシヤの亡命将軍で、過去の良き時代のみを夢みて旅行している老人。マドレーヌに並々ならぬ愛情をそそいでいる。
ブウァドン氏 ―― ハリウッドの有力なプロデューサー。有望な女優を探して欧州中を歩いている。マドレーヌに白羽の矢をたてる。
サルドゥ夫人 ―― ピレネーの療養下宿の女主人。元女優で夫も俳優。ピエール(ピエロ)は二人の息子で12歳の生意気ざかり。
ジェンナロ兄弟 ― マドレーヌたちの近くのレストラン経営者。イタリア人。
   あ と が き 解 説 よ り
 この本の扉(原書)の裏に著者は「この本は事実を少しも歪めないように留意して書いたものです。物語の筋は、わたしがロンドンのサヴォイ・ホテルにマニキュアとして勤めた1928年2月から、ハノーヴァ・スクエァのセント・ジョージ教会で結婚式をあげた1929年12月2日までの記録を忠実にたどったものであります」と書いていますように、あらゆる固有名詞も、人名も、全部実在のもので、真正面から人生と取り組んだ文学作品としては珍らしい小説であります。
 著者のマドメレーヌ・ガル=ヘンリイは1906年8月13日にパリのモンマルトルで生まれ、1922年に裁縫の賃仕事をしていた母のマチルドにつれられて、ロンドンに居を移しました。パリのクリシィ街でのひどい貧乏生活から逃げるようにして異国に移り住むまでの模様を、著者は〈少女マドレーヌ〉で詳しくのべています。このように新聞売り子をしたり、マニキュア娘であったマドレーヌ・ヘンリイ夫人は、今では英米文壇での一流作家として、ダフネ・デュ・モーリア女史とならんで、女流作家界での花形となっています。
 マドレーヌという名前がフランス人であることを示していますように、元来がフランス人である著者は、一連の自伝小説をロンドンで英語で発表するとともに、自らフランス語でももう一度書きなおし、フランスでも出版しています。その簡潔で、詩的な文体はフランスの読者からも非常な成功をもって迎えられているとのことです。
 初めにも申しましたように、この本はすべて、著者の真実の体験による記録であり、手記でもありますので、ここに屋上屋をかすような解説は全く無用のことと思われます。ただ、ひとこと蛇足を加えさせていただければ、事実をありのまま書いたものが必ずしも小説となり、芸術作品とはならない、という甚だ素朴な文学論を忘れないように、ということであります。どんなに事実をありのままに書くということが難しいか、ということは、多少とも文章を綴った経験のある方にはよくわかっておられることでしょう。事実に忠実であって、しかも読む人になんらかの芸術的感銘を与えるということは、更に難しいことというべきでしょう。文体、表現力、言葉の選択はむろんのことですが、それ以上に作家としてのきびしい自覚と、人間の心を的確につかんで描き出す才能が必要となってくるのです。その意味で、この本はわたしたちの要求にぴったりとこたえてくれるだけの迫力をもっていますし、何よりも著者の清潔な精神が全篇を貫いて、快い爽やかなあと味を残してくれる点、やはりすぐれた才能の持ち主といえましょう。  以下略
谷 長  茂


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